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Great Big Seaに関する雑談、その他音楽、あるいはただの読書日記

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The train came out of the long tunnel into the snow country.
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

This is the very first sentence of Snow Country.
Could you imagine and describe the scene?
Do you know that the line is very different from the original?
I wonder if foreign people can cherish the beauty of his works.
(Actually, I cannot believe the fact that he won the Nobel-Prize.
Could they comprehend his expression in translation?)


日本語の問題になるとかなりの確率で引用される一文。
わたしはこの次の文がとても好きです。「夜の底が白くなった。」
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//金谷武洋/ちくま新書834

今月の新刊! と言いたいために3月中に読み終えた。
良本です。もっと読まれればいい。
前掲の『日本辺境論』の内容と併せて読むと面白いかな、と思います。
実際被さる部分が多く見られます。意味として。親密性など。
あとは去年の11月に読んだ『日本人の発想、日本語の表現』も。
We are what we talk.

『日本語が亡びるとき』//水村美苗/筑摩書房
この本をベースに日本語滅亡論は杞憂に過ぎないと力強く語り、
文法講義を交えつつ日本語の「土着性(あるいは親密性)」を解説する。
この親密性でふと思ったのが、ソファの応接間での上座の位置。
長椅子のほうが上座で、個別は下座なんだそうです、欧米では。
言葉では「わたし」と「あなた」をはっきり隔てているのに、隣に座る人の存在を求める。
日本語は逆です。「わたし」の存在は対話の中で溶けて消えている。
そのくせ自分の席を求める。

川端康成の『雪国』で、冒頭の一文についての考察が興味深かった。
三人称全知の語りという文学的遺伝子なのか
はたまた主語という特殊な言語形態のせいか。
わたしと友人があの英文から想像したイラストは横からでした。
きっと日本人は横からでしょう。
OKPでちょっと呼びかけて、このイメージ描いてもらおうかなぁ。
これが不思議でならない。
日本人て本という形で文字を読むことが大好きなはずなんです。
でなければ新書や文庫が出るはずがない。
しかもその出版形態があんなに良質であるはずがない。
ペーパーバックと比べていただけるといいのですが、
柔らかなクリーム色の滑らかな紙に、質のいいインクで(滲むことなく)印字された日本語。
そしてカバーという存在。「本体」が汚れないための。
廉価で持ち運びやすいことが前提の文庫が、ですよ。
栞つけたりカバーつけたり良質な紙の使用は、明らかに「低価格」には邪魔者です。
わたしはペーパーバックをお風呂で読めますが、文庫や新書を読もうとは思いません。
畏れ多くてできません。
実際人に驚かれる。ペーパーバックだろうが、本を湿気の多いところへ持って行く事実を。
多分この本という形態に一種畏怖を感じている。
じゃあどうしてペーパーバックは大丈夫と割り切れるのか。
曲がりなりにもあれは本で、文字だって書かれていて、大好きな作家なのに。
持ってみたらわかる。
あれは軽すぎる。
まるで内容がないみたいに軽い。
そう思ったら、こんなに凝った文庫新書は、最後の防波堤なんだろうと思える。
本の価値を低めないための、最後の防波堤。
出版業界希望の友人が、もうネット配信の時代だから、
とか言ってましたが、違うだろう。どう考えても。
そうでなかったら同人誌即売会なんて存在しない。
言葉は、手で、ページをめくって直接読むものではないですか。
書き換え可能なデータではなくて、刻まれた文字として。
//内田樹/新潮新書336

話題の一冊。
これからしばらく日本論が続く(と想定されます)けれど悪しからず。

彼を読むのは『9条どうですか』以来。
相変わらず親しみやすく読みやすく明晰で奥深い。
日本人はどうしてそのようなものの考え方をするのか、を、4つの観点から論じる。
個人的に日本人の思考法は日本語と密接に関わっていると思っているので4章は特に面白く読めました。

特に興味深いのは漢字とかなについて。表意文字と表音文字。
日本人はあまり音を当てにしていない気がします。
同音異義語がこれだけあるというのがそれを示している。
わたしは長らくsigneの和訳が「ひょうしょう」なので「表象」だと思い込んでいました。
(正しくは「標章」。サインですから。)
ここからわかるのは、わたしは「ひょうしょう」という音ではなくて漢字によってその言葉を理解していた、ということです。
会話をしながら音の表す漢字を頭の中で思い浮かべる。きっとあらゆる日本語話者のするように。
端なのか橋なのか、驚異なのか脅威なのか。
これは日本語話者が英語を習得する際のハンディでもあります。文字から入る。
文字というものに親しみと愛情と信頼を持っている証しです。是非は問わない。
そんな言語なのに活字離れとは痛々しいというか致命的というか、
頼むから漢字多用に戻ってくださいマスメディア。


わたしは自分の言葉に論理性があまりないことは知っているのだけれど、
それはこの言葉が借り物だからなのかとふと思った。
本を読むことで仕入れた考え方や言葉を、自分自身とつなげる前に飲み込んでしまう。
噛むというプロセス、考えるということをあまりしないせいなのかもしれない。
既成のもの同士をくっつけることはするけどね。

今回珍しく書き込みとドッグイヤーをしてみましたが、読み返すと面白い。
自分の思考手順が残っているのです。
ある文章(あるいは言葉)によって掘り起こされるわたしの個人的経験がこの本に残る。
正しい・正しくないはここで求めていないので、まるで自由過ぎる。
続けてみると良いかも知らん。
『解放された世界』//H. G. Wells、浜野輝 訳/岩波文庫赤276-6

世界を動かすはずだった小説。
一次大戦前夜(1914)に書かれた、世界平和の作り方。
原子爆弾が完成、大々的な戦争の開始。
世界が破滅に向かう恐怖から地球の共和国化が提案される、という筋。
ちょっと楽観的というか表面的過ぎるきらいがあるなぁ、というのは、
散々いじられてできた現在の世界からの結論なので偏っている。
難しいこと全部抜きにしたら、なるほどスマートな解決案だと思いました。
主に宗教問題が邪魔をして実現しないだろうと思いますが、望むことはできるのでは。
UNが名前を変えて、本気でこれを発案するのも手だと思います、わたしは。

瑣末なことですが、面白かったので以下引用。
本文中において、世界統一政府に反対した日本人の末路。
「かれらは国民の誇りを買い被っていたため、日本国民からすぐにしっぺ返しを受けた。」
1914年の文章ですよ。大戦前。それにしてこの洞察力。
一部熱狂的な愛国主義者が反対すること、けれど大多数がそれを押し退けることを予想する。
攘夷運動なんかの結果を受けてでしょうか、歴史は繰り返されると示しておられる。
わかっているのに繰り返される歴史からは逃げられないのですね。

それから最後。フリー・ラブの肯定者らしい見解に息をのみます。
これが現在ある「当たり前」。この考え方が。
彼の残した世界は変われるか。
あるいは解放されるか。
//Dostoevsky/小沼文彦 訳/角川文庫1705

大文豪の遺した、たいそう短い恋愛小説。
ある男が少女と会い、将来を約束するけれど別れる、そういう話。
少女は、結婚しようと言ってくれた人を約束の一年間待っているのです。
それでその一年の終わりの4日間、主人公と話をする。そういう物語。
「あの人」とは一年間の約束ができたけれど、主人公とは明日の約束しかできなかった。
これが決定的だなぁと思う。
個人的には第三夜が一番好きです。
待つことはつらい。痛いほどつらい。なんの縛りもないときは特に。
それを分け合うときの、堪らなく切実な悲しみが美しく表現されてるなぁと思います。
//名越健郎/新潮新書256

前回思い出せなかった本は『世界ビジネスジョーク集』だったようです。
中公新書ラクレ77。
牛乳のネタと英仏独伊の車ネタが個人的に好き。
(La cleというのは仏語で「鍵」という意味なんですね。
「手がかり」を意味する英語のclueと綴りが似てますね。)

『反米』で見たネタも結構ありましたし、似たようなネタもありました。
「美しい国創り」ネタ、日本はカナダとオチが一緒でしたが、イタリアのオチが絶妙。
EU編がかなり冴えてます。フランスのカエルっぷりと軟弱っぷりが叩かれまくる。
この本は世界中を網羅しているのでかなり勉強になります。ちょっと古いけど。

ジョークは一般的に、辛辣な内容を「笑える」箱に収める。
日本では自分のなかに収めてしまうのでなかなかジョークが発達しませんね。
笑い飛ばすことを不謹慎だと考える性質由来でしょうか。腹にため込む。
だとしたら切腹というのは、
そうした一切の鬱憤から解放されるためにするのではないかとも思う。
あれは腹は黒くありません、と示すためにするそうなのですが。
作る側にも聞く側にもジョークは、センスと教養が要る。
幾分理解に苦しんだので、まだまだだなぁと思わざるを得ない。
//池田佳隆/ダイヤモンド社

副題、「日本に生まれて本当によかった」。
あなたは言えますか?

『国家の品格』と合わせて、道徳教育の重要視をひとつに挙げています。
「ならぬことはなりませぬ」。
理屈を一切なしにして、道義に反すること、至誠に悖ることをだめだと言う。
だめだと言える大人がいる。
自分の子どもにちゃんとそう言える親が最近少ないのですね。何故でしょう。

教育制度と愛国心について個人的な経験を持ち出しますと、
自分の国を誇れない原因の一端は社会科教師にあると思います。
小中高通してわたしは幕末以降の日本の残虐性を語られましたし、
極東裁判が正当なものだと言われました(そして長らく信じていました)。
「ハル・ノート」やパル判事なんて聞いたことありませんでした。
実際それらを知らないひとは多い。真珠湾が情報操作だったという見解を知らないひとも。
日本は歴史教育に臆病になってる。
そしてたぶん民族を信用してない、諦めている。
政治に無関心なのも諦めの気持ちが強いせいでしょう。
どうせ変わらない、と思うから変えようと思わない、希望が持てない。
(本気でやると、「なに頑張っちゃってんの」ってなるんですよ、ねぇ。)
でも本気でやらなきゃ変わらないのです。
「チェ 28歳の革命」で、ゲバラは絶対的に文字を読み書きすることに注力するんです。
文字が読めないということは敵に騙され易いということだから、と言って。
(その成果でしょう、現在キューバの識字率は合衆国より高く、ほとんど100パーセントです。)
英国人が瓦版を読む江戸っ子たちを見て、ここを植民地にできないと悟ったそうですが、
どうして今は学業を疎かにするようになったのでしょう。
勤勉というのはいつから長所と呼べなくなったのでしょう。

敗戦の責任は東条がかぶってくれました。
彼の未来に生きている日本人のために、わたしたちが顔を上げて世界に立っているために。
なのに未だにその歴史を噛み締めることができないなんて、ご先祖様に申し訳ない。
顎を鍛えなきゃ。どれだけつらくても。
//齋藤孝/ちくま文庫さ28-1

就活中の学生が、読んで、「会社説明会であんなこと聞くなんてバカだったなぁ自分」
と思うためにあるような本です。
(しかし就活規約で3年次での選考はしちゃいけないことになってるのに、
 それ守ってる企業ってどれぐらいなんだろうなぁ実際。)

講演会など、話者1対聴者大勢という状況も、話者1対聴者1でも、質問の捉え方として
「例えばこういう風に聞くこともできる」と、具体例と普遍性を述べるので応用がしやすいかと。
特に後者においては、対話の基本を強調しています。
個人が話の中に見えるように会話を続ける質問をする、ということ。
話をする、というのは結構大変なんですよね。
あなたの話を聞くから、わたしも話して良いかな、という前提がある。
あるいは、わたしも話すからあなたも話してね、という。
そのバランスを欠いた対話は多分会話と呼ばない。

そして就活中の学生がこれを読んで「バカだったなぁ」と思えたら、
その次は、きっともっと上手な質問を考えられる。
そしたら、その会社についてもっと楽しく活動できるのではないかしら。
訊くというのは相手を慮る上で始めてその意味が成り立つ行為。
//加賀野井秀一/講談社選書メチエ300

スイスの天才言語学者Ferdinand de Saussureについて、とても簡単にまとめた入門書。
この本はソシュールの人生から彼の後継者までをひと繋ぎで解説しているので親切です。
Barthes、Lacan、Le'vi-Strauss、Foucault、構造主義四天王が勢揃いという豪華さ。
概要をさらりと流すので深い知識は得られませんが、
先に概説を知っていると理解が深まります。

例をふんだんに利用した、読みやすく、馴染みやすく、理解しやすい入門書。
語り口も親しみやすく、撥ね退けない丁寧さがある。
(ヤコブソン、連合・連辞関係の解説はスマート。)
そのうえ巻末には関連文献が簡単な概要とともに紹介されています。
言語学に興味のある方にはおすすめ。
//麻生太郎/新潮新書217

読むと元気になれます。
20日間で4回増刷。すごいですよね。

別に麻生氏について知ってることが多いわけでもないのですが、
言葉の意味をきちんと信じる方だとは存じております。
上を向いて歩けば上向きになる。
そう信じるから、下向きで歩くのをやめようと呼びかける。
状況を明るいほうへ持っていくための、根っこのところでの意識改革。
これなぁ、本じゃなくてね、もっと大々的に言って欲しかったなぁ。
信じる信じないは自由だけれど、ちゃんとまっすぐに、伝えて欲しかった。
そしたらそのとき、信じたかもしれないのに。
彼はこの本で、国家は国民のものだと、ちゃんと言ってる。

しかし「未曽有」の読めない方が「慶賀」を書けることは驚きだった。
慶賀。よろこびいわうこと。へぇ。知らなかった。
[.]
//早坂隆/中公新書ラクレ164

ラクレ202、309には日本人ジョーク集があります。
去年の5月頃にやっぱり世界のジョーク集読んだ気がして日記読み返したけど、
記載漏れのようでタイトルも出版社も謎。
わかり次第追記予定。

ジョークの背景にある歴史や状況を示してくれるので理解しやすい。
かの国の脆弱さ・欺瞞をひとつずつ押して確認していくみたいな感じ。

銃社会と宗教ではいくぶん考えさせられます。それでこそ合衆国だから。
与えられる自由というのは、責任を伴うものでなければならない。
銃を持つ自由というのは、撃たれる責任が伴う。
その責任を無視してただ持つことは許されないし、持つからには使う場面を想定する。
丸腰が一番安全なはずなんです。警戒されないし、先制攻撃されないから。
(ところで真珠湾は米国の情報操作で奇襲となったと聞いたことあるけど本当かしら。)
丸腰の人を襲うなんていうのはそもそも卑怯なことで、
字を見て解るようにこれはとても卑しいことです。弱い人のすることです。
自分の弱さを否定するために武装して強がる、人を脅かして自分の安寧を得る。
本当に自立できる人はそんなことしない。
それがわからないなんて、想像力がないとしか思えない。
やられて嫌なことはしないという原則ですよ。社会的なルールです。
大国なんだから単独行動は慎んでリーダーシップを発揮していただきたい。

というか、「戦争を終わらせるための戦争」とか「犯罪を犯す自由」とか、
詭弁に過ぎるというか前者は血で血を洗うと同義というか。
発想が自由過ぎてついていけない。
それは自由でなくて自分勝手と呼ぶのだとはやく気づけばいいのに。
他人を信用できないからきっと神を信じるんですね。そしたら救われると思ってる。
日本人は彼らに、人を信用しても救われることがあると教えることができるのでは。
隣人は敵ではないと教えることが。
カメラでメガネなウサギ小屋の仕事好きな住人は、
海一つ挟んだわがままで無責任な欺瞞に満ちた楽天家と、どう向き合えばいいのか。
スーパーパワーを誇る国は、きっとこんなジョーク集くらい笑い飛ばせる大らかさがある。
でも、反面教師として受け取って、笑われない努力をする向上心を養ってくれたらいいのに。

自分の民族を誇るというのは一番低級な誇りだと、ショーペンハウエルが仰った。
自分が合衆国民だと胸を張って言うには、
その国籍を勝ち得た個人的な経歴を持った場合のみだということ。
胸を張って言いたいような国籍かどうかは置いておくけど。
そもそも自由ってなんぞや。
勝ち取ってこそ意味のある概念ていうのは、押しつけられたら決して理解できないのに。

妙に長い!(笑)
エクリチュールの零度//Roland Barthes、森本和夫、林好雄 訳注/ちくま学芸文庫ハ9-4

ものすごく頭使う本なので、心してどうぞ。
こういう本て最後に、(程度の差こそあれ)「自分など存在しない」と言う。Lacan。
多分に勘違いか理解不足しているのでしっちゃかめっちゃかですが、
JoyceのFinnegans Wakeなら零度と呼べるのではないのでしょうか。
あらゆる言語、言語体、語りから脱却した例として思いつくのがそれだけですけれど。
あれがJoyceの文体だと言われたらそれまでだけれども。
いや、Joyceの文体ならDublinersみたいなのだ、と言いたい。
あの贅肉のなさゆえにざわざわと思わせる不思議な文体。

訳注の後にMaurice Blanchotの『来るべき書物』からの抜粋あり。
こちらを先に読むときっと本文が読みやすいのでは。
ところでそこには、言語体と文体は自分では選ばないと書かれています。
確かに言語体はわたしの生まれ環境に拠るために選べないとしても、
わたしは自分の文体を選んだのではなかったかと思って2度読んで、ようやくわかった。
選び取ったつもりの文体はわたしによって選ばれざるをえなかった文体で、
個人的な経緯に即して書く方法を選んだのだということで、わたしとしては選んでいない。
この本読んで理解できたのはそこだけです。
一個でもわかるところがあってよかったよほんとに。
//尾田栄一郎/集英社

初版発行300万部! おめでとう!
ハリー・ポッターの『不死鳥の騎士団』が初版290万部、それを大きく塗り替えて本日発売。

ワンピのポタとの類似点は、大人がかっこいいこと、
及び共生の意識(出身・人種・種族を含む)。
そして相違点は、軸としての完全悪が不在ということ。
主人公達は決して、自分たちを世界的な正義にしない。
今巻でドフラミンゴの述べるように、争いとは「勝てば官軍」なのです。
見方は人による、立ち位置による、だから戦い終わるまで正義になれない。正しくない。
正義を自認すれば適正を見失う、それを今巻で強く述べている気がします。
負けることができなくなって、戦い続けるしかなくなる、ということ。
しかし壮大な物語(あるいは歴史)ですね。
向かう収束が楽しみでならない。

そういえば、ポタもワンピも一番かっこいい大人は白ですね。
アルバスはラテン語の白、albi由来だろうし、白ひげはもうそのまま白い。
日本語の白には「治める」という意味もあるのだそうです。
英語はどうですか、アルビオン?(笑)
//Ray Bradbury/Bantam Books、 The Grand Master Edition

邦題は『火星年代記』。ぴったり2週間掛かって、読了。
今まで読んだまともな英語の本(How To Win Friends & Influence People//Carnegie、Kipps//Wells)
と比べてページは少ないけど、初めて飽きずに読み通した本になります。
なにしろ文体はとてもシンプル(わたしが読めるくらいですので)。
引き合いに出すべきなのはやっぱりWellsかな。ありきたりですが『宇宙戦争』。
Wellsは地球外生命体を絶対的に高位に置くけれど、それは彼の人間性不信のせいかしら。
ところで2冊とも、立場は違えど述べることは同じなんですね。
生き物は、そこに生きるのに適したものが生きてゆける。そこに住む資格のあるものが。
所有者は正当な所有者として他者の侵略を許さない。
Wellsがそれを書くのは理解できる。20世紀初の英国は侵略恐怖に襲われていたから。
Bradburyがそう書くのは、でもなんでだろう。この時代って冷戦中ですよね?
アメリカに対する知識が少なすぎていかん。

話を戻す。
この本は『たんぽぽのお酒』と同じでオムニバス。
始められた個々の物語が最初よりかほんの少しずれた位置に着地して、
それが続いてゆくことで螺旋を描いて繋がっていく。
話を未来へ伸ばしていく、と言いましょうか。
誉め言葉には事欠かないのですが、
個人的には、単語を並べていく書き方が素敵だと思います。
情景が苦もなく思い浮かべられる表現力は言わずもがな。
いしいしんじ好きな方はBradbury好きなのではないかしら。
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自己紹介:
歴史(独愛蘇)と旅行が好き。
好きな作家
:いしいしんじ、江國香織、梨木香歩、藤沢周平、福井晴敏、
Christian Gailly、Ray Bradbury、Edgar Allan Poe、Oscar Wilde
好きな画家
:William Turner、Jacob van Ruisdeal、いせひでこ、いわさきちひろ
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