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Great Big Seaに関する雑談、その他音楽、あるいはただの読書日記

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後半戦。
「地理学者」より「天文学者」が好きだったりする。
シュテーデル美術館所蔵品の展示ということですが、シュテーデルはなかなか素敵な美術館です。
フランクフルトのマイン川南側沿いにあります。


まずは昼ごはん、とレストランへ向かうと、1時間待ちと伺う。
そのまま待つのもバカらしいので、名前書いてからミュージアムショップへ。
豊田市美術館は(以前も書いたと思いますが)ショップが素敵なのです。
これが美術館にある理由はなんだろう、と思うようなものが。あります。
お立ち寄りの方は是非覗いてみてください。

で、今日わたしの心を捕まえたのは、ガチャガチャです。
小学生の低学年くらいにやって以来、かな?
フェルメールのミニ絵画パズル。全8種類。
天文学者が欲しくて。
準備されている両替機に野口さんを投入。
デルフトの眺望、地理学者、牛乳を注ぐ女と出る。
うんいい感じ、と回すと、また牛乳。
暗憺たる気持ちになりながら回すと、またしても牛乳。
ここで一旦心が折れた。
それでも、地理学者と天文学者が並んでたら素敵じゃないかと自分を鼓舞し、
6回目を回すと今度は真珠の首飾りの女。
どうせなら天秤を持つ女がいいなー、と思いながら回すと、やっと、天文学者のお出ましでした。
戦績は概ね良好、と言えますかね。
と書いたところで呼ばれたので、企画展メニューのランチをいただく。
ここのレストランはなかなか美味しいので、お越しの際は召し上がってみてください。


展示は、17世紀ネーデルラントをがっちりとジャンルで区分しています。
歴史画、人物画、風景画、風俗画、静物画。
非常に見易い印象を受けました。親切なことに作家ごとに説明を設けている。
風景画の展示に、ホイエン、ロイスダールがずらり。
ロイスダール大好きなのでうはうはした。
目玉の「地理学者」は、アジアの古地図と地球儀・天球儀の展示に守られていました。
17世紀のオランダに思いを馳せる。
制海権を握った小さな大国の、光に飢えた暗い形。
「地理学者」は、そういうアングロサクソン的な野望を持っていますよね。
余白を少なくしよう、暴いてやろう、明白にしてしまおう、という、理解への欲求。
進歩の形跡、とも言えるのかしら。


おまけ:
最後にもう一度、ガチャガチャしました。
出てきたのは天秤を持つ女。
ほくほくしながら帰路につく。
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煽りが「見よ、天才レンブラント」。意味深ですね。
光がなければ見えませんから。

版画、エッチングの無色彩の小品主体のこの展示はともすれば地味ですが、
キアロスクーロの確立者が持っていた光への悩み、オランダの暗さ、聖書、市井。
そういうものを、色彩の二極化された描き方だからこそはっきり写し出せると思います。

ろうそくの灯りからぼんやりと浮かび上がる人のエッチングがあるのですが、
ほとんど黒く塗り潰しながら、彼は一体なにを考えたのか。
光を(画面の白色を)追う気持ちを、彼らは持ちながら生活していたのかしら。

油彩作品の少ない展示でしたので彼お得意の光の投影には重点が置かれませんが、
油彩「アトリエの画家」という絵が印象的でした。
創作家にはわかると思うのです、この絵は「これが正当だ」という感覚。

さてさて、17世紀オランダ絵画といえば市井や風景ですが、
今回の展示はあまり対象への照準合わせはありませんでした。
同時代人との比較ができないほどレンブラントの作品ばかりでした。
わたしはあまりそういうの好きでないのですが、
レンブラント大好きな方にはいいかも知れません。
あぁ、疲れた。


さて、続いて伏見駅から鶴舞線で赤池駅へ出て、豊田市美術館に向かいます。
多生の縁でお邪魔しに行きました。
昨年の3月にスケッチしていらっしゃるのをお見かけしたのです。
葉書が来たのでせっかくだからと。
絵を見るだなんて久しぶりだわ。

壊れそうなもの、枯れたもの、白壁。余白に彩られる風景画。
のったりと密な絵もありますし、水彩の淡く静かな絵もあります。
しかし全体的に白でした。
カサレスというスペインの町の絵が印象的です。
これを糧に少し創作したい。
そういう気を起こさせてくださる。


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帰りにお土産をいただいてしまって申し訳ない……。
タリーズでアップルパイとコーヒーをいただきながら、
あんな年の取り方をしたいものだと思ったものです。
上品に華やかに自由に。
華やかさは今の時点で既に不足しているからまあ無いものはねだらないとして。
自分の好きなことを続けていられるなんて、なんて素敵。
初めて行きましたけれど優雅なところですね、徳川美術館。
駅から歩いて坂を上って入り口に着くまでが、なるほど10分でした。


ひな祭りの日に行きました。11時ごろ到着、そのまままずは宝善亭へ。
趣のある道を抜けて入り口を開く、ゆったりした中へ。
予約はしていませんでしたが問題なく席に案内されました。
しかししてあった方がいいでしょう。少し困った顔をされたので。
現在、展示に合わせて雛御膳が用意されています。
とっても素敵なので、お昼ご飯にしては少し高い(2800円)ですがぜひどうぞ。
ふきのとうの天ぷらにじんわり春を感じました。

展示は武家の当時の生活から始まります。
それからお茶のお道具、能の展示などを経てお雛さまへ。
徳川縁の姫様がたの所有だけあって、とにかく豪華、です。
金箔使いたい放題、螺鈿蒔絵し放題。
ずらっと並ぶ姿など圧巻です。
またお内裏たちのためのお道具が見事なのですよ。
歯の欠けていない柘植の櫛やらお化粧台やら貝合わせやら。
本がちゃんとミニチュアサイズでも文字が書いてあって唸ります。

徳川とはあまり関係なく地方ごとの立ち雛や土雛など
場所や時間による違いも比べると楽しいでしょう。


三葉葵って3枚とも色違うのですね。知らなかった。



覗いてきました。
本日から21日まで。

ヨーロッパや信州・北海道、加えて奥三河の風景画。
パステルで鮮やかに優しく温かく描かれた、ほんの小さな展示会です。
すうっと色が溶けるような、滲んでぼやける画面。
子供たちと動物。
一種のユートピア。桃源郷、という言葉の方が似合うかしら。
ほわんと心が温まります。
なにしろ画面奥、子供たちには帰る家がある。

ギャラリーではポストカードを配布されています。
12月5日まで。
日本初公開ばかりが90点強ございます。

ユトリロはパリの小道ばかりを描いた作家。
お名前を初めて伺ったのは梨木香歩さんの『ペンキ屋』。
以来ユトリロの白に憧れていまして、なにかの展示で一枚ほど見たときに
ははぁこれがすべての白か、と妙に感慨深く思ったものです。

彼の女性の描き方について、彼女らへの嫌悪感を腰に表現しているということですが、
嫌いだったらいっそ描かなければいいと思いませんか。
存在を無視することはできなかったのでしょうか。
道を行く人々は、多くは、二人連れの女性、一人歩きの女性、一組のカップル。
カップル二組と女性の一人歩き、もできたと思いませんか。
マザコンは巨乳好きということですが、欧州の男性は腰の方が好きだと伺っていたので
嫌悪というよりは歪んだ願望にも思えます。
それを好きになりたい、母親から離れたい、願望かなぁと。
カトリック信者でしたっけ。
実母と聖母という絶対的な母が彼に君臨していたのなら、
女性には母性を求めることができなかっただけなのではないかしら。

さて、建物と小道ばかりを描く作家ですが、
彼の入ることのできない家、というのがさみしいところだと思います。
どの建物も入り口が正面にない。
行き過ぎることしかできない家。
例外は教会と酒場なんですよねぇ。
よっぽど家を探していたのだと思うのです。母親はあんなだし。


写真は併設カフェの企画展メニュー、ガトーマロンとコーヒー。
ここの企画展メニューはいつも気が利いているのです。



ワンダー×ワンダー
途中まで見ていてあまりにも腹がたったので見るのやめにした。

ダクトやパイプの絡み合うのが魅力、とか、ごついビスがイイ、というのを否定はしませんけれど、
ジャンクションが鳥居に見える、というのは眉をひそめる。
それを作ったらいい、という意見にぞっとした。
わたしは特に宗教心を持っていたりしませんけれど、
宗教的な意味を持つものを、その意味を脱用して形だけとりだそうとするのは日本の悪い癖だ。
十字架のアクセサリーとかクリスマスなんかいい例ですよ。
そういうのは腹がたつ。どこまで意味を壊せば気が済むの。(失礼だと思いなさい!)
中身のないものなんて美しさを持たない。
そういうものを見て「beautiful」と思う人なんているとは思えない。ハリボテだから。
だから鳥居に「見える」まではいい。想像力だから。
でも形にしようとするのは許せない。
作り物に囲まれて「匠の国」とは笑わせますなぁ。
長持ちするものを作れる匠を守れもしないのに。

ものが意味を持たなくなったのはいつからかしら。
それを大切にしなくなったときからでしょうか。
使い捨てをまるで美徳にしてからかしら。
いつぞや、宗教的な建物は美しくて好きだと言ったら
金つぎ込んでるからね、と言われたことを思い出した。
わたしはその人にそのときとてもがっかりした。
生きていることを預けられた建物だから美しいのですよ。
今よりずっと死が近くて、それに恐怖して、そこから生に近づこうとすがりつく場所だからですよ。
逆に今は生きることが当たり前だから無機物やら廃墟に興奮するのかしら。
その点で廃墟はなんとなくわかりますね。単純に永遠を否定している。
それにしたって工場にたくましさを見るのは、これはなんだろう。
人間の不完全への絶望かしら。
どうだうらやましいだろー、という話。
10月終わりまで、精文館書店本店(豊橋駅前)にて。
文庫・新書サイズはございません。ペーパーバック以上の大きさでお願いします。

これ、とても凝っていてですね、とても豊橋で、すごく本屋です。
さすが山口さん、という緻密さで、見ていてうきうきします。飽きない。
本を手に取る楽しさの滲みでる、ふくりと愛しさの溢れるカバー。
自動車と牛車が混雑し、市電(路面電車)が走る世界を、どうぞご堪能ください。
個人的には、できれば、経済などの難しい本ではなくて、文学や美術、人文の本で。
内容の美しい本をそっと包んで楽しんでいただきたいなぁと思います。
梨木香歩さんの『家守奇譚』なんていいんじゃないでしょうか。
『村田エフェンディ滞土録』もいいかも。



豊橋市美術博物館。
去年の今ごろはターナーを観に行った気がします。
ランシアやファーカーソンなどのハイランド地方のヴィクトリア朝画家に魅せられました。
アクセスがどうにも悪いのですが、豊橋駅下車、市電乗車で豊橋公園前にて下車(150円)。
……岡崎市美術館ほどじゃありませんね(笑)
けれど岡美ほど素敵なミュージアムショップもレストランもついていません。
どちらもないに等しいので、吉田城公園内でピクニックがいいかもしれません。
併設のコーヒーショップでは企画展メニューなるものがあります。

揺らめく色に光をまぶした、大判の画面。
形を捕らえるというより光の揺らめき、時間の動き、色の流れを表す。
入ったところすぐにある、「赤」と「青」の対比はすばらしい。
水として集まる青と、火として広がる赤。
これを脳内に刷り込まれて続きを観ていくと、「NO MORE NAGASAKI」。
禍々しいような赤がうねりを与える画面全体に、溶けた怨念が絵具に留められる。
彼の流れるような文字がその枠を縁取り、読めそうで読めない、捕らえきれない激情になる。
とても静かな絵です。どれも。
キリストの磔刑・復活・昇天のシリーズは動きさえない。
けれど繊細な筆致が雄弁に滑らかに画面を覆う。
今年の作品もいくつかありました。
わたしのお気に入りは「四季」シリーズと「青」。
それから水彩画でのスケッチも、あの余白の多さに惹かれました。
「情」と「胎」も印象的。
22日まで。インターネット割引あり。



一緒に行った母は前衛的過ぎると嘆いていた。
現代芸術はほとんど壊すしかないんですね。
フーコーの言うように、人間なんて溶けて消えるしかないのかもしれません。
(枷をすべて取り外すという意味ですよね?)

2階から3階にかけて壁に哲学者・文筆家の名前があって、知ってる名前にうふふと思う。
併設のミュージアムショップ・図書館が面白いです(特に前者!)
サイトも凝ってていいですよ。
http://www.museum.toyota.aichi.jp


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自己紹介:
歴史(独愛蘇)と旅行が好き。
好きな作家
:いしいしんじ、江國香織、梨木香歩、藤沢周平、福井晴敏、
Christian Gailly、Ray Bradbury、Edgar Allan Poe、Oscar Wilde
好きな画家
:William Turner、Jacob van Ruisdeal、いせひでこ、いわさきちひろ
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