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Great Big Seaに関する雑談、その他音楽、あるいはただの読書日記

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サボっていましたすみません。
一気に3冊のご紹介です。



The Toynbee Convector
『二人がここにいる不思議』//Ray Bradbury、 伊藤典夫 訳 /新潮社
単純にオススメ。ポーの影響がよく出ているし、彼らしさが顕著。
好きなものを挙げるときりがないのだけど、
「トインビー・コンベクター」、「二人がここにいる不思議」、「コンスタンスとご一緒に」。
あとは最初に収録されている作品かな……。
「トラップ・ドア」がポーを彷彿とさせたけど、エンディングにブラッドベリっぽさを見る。

Yestemorrow
『ブラッドベリはどこへゆく 未来の回廊』// Ray Bradbury、 伊藤典夫 訳 /晶文社
(広義の)美術批評、楽しみの行方追求。
序章の一文に度肝を抜かれましたよ。「日本という51番目の州のような国」。
(割と)社会派な作家だからそういうことズバっと言うのね。

『起て! 日本』
//渡部昇一、加瀬英明/高木書房
健全な国家になるための8提案。
その一番の根底は「正しく歴史を知ること」。
そして日本史の授業で日本を侮らないこと。
(わたしだけでしょうか、小中高と日本の悪口を聞かずに一年を終えた年がないのは。)
他国におもねるために自国を見下すなんてばかげてる。
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盗まれた手紙//E.A.Poe、 富士川義之 訳/国書刊行会

「バベルの図書館」というシリーズ。長細い本です。お洒落。
表題作他「ビンの中の手記」「ヴァルドマル氏の病症の真相」「群衆の人」「落し穴と振り子」を収録。
「手記」は「メイルシュトロームの旋回」と似た構造。段取りから書き方から。
しかし圧巻は「落し穴」。もう、いかにもPoe、という感じ。
振り子が迫るその緊迫感、息もつけない一瞬ごと、永遠に続く恐怖。
息を詰めてまるでその光景を見る、あるいは体験する。頭の中で組み立てる。違う、本当に見える。
あの鋼の容赦ない冷たさ、鋭さ、匂い、それさえわかる。
そしてラスト。ここが素晴らしい。ゴヤの某絵画を連想しました。
「アモンティラードの酒樽」系の恐怖かなぁ、と思う。
緻密な静寂、積み重なる最終予告、慈悲のない手段。
なにしろこの描写力! とくとご覧じん。
ぜひ原書で読みたい逸品でした。
ハロウィーンがやってきた//Ray Bradbury, 伊藤典夫 訳/晶文社

子ども向けの長編。長編というか、長さとしては中編かな……。
8人の子どもと駆け巡る、ハロウィンという夜の物語。
その起源、由来、意味、そしてイメージを宣言する、救出劇というか決闘というか。
通奏低音は死との戦い。時間との争い。
少年という軽やかで脆い存在を、長い時間の旅の中で形を整える、感性を研ぐ。
夜を、闇を、死を、切り取って燃やし尽くす痛みを、鮮やかに書き取った小説。
挿し絵がまた絶妙でした。

わたしが好きなのは、ジャコランタンの灯りがひとつずつ消えるところ。
『たんぽぽのお酒』と同じように、夜を迎え入れることを知ってしまうところ。
まるで永遠みたいには生きられないと知って、それを受け入れるところ。
この「受け入れる」という点で『ハロウィン』は『たんぽぽ』に勝る。
そして相変わらず「生きる」瞬間への転換がとても鮮明。
//五木寛之/新潮新書287

とんでもない本を読んでしまった。
作家、もしくは文筆家というのは明らかに創造的な人びとで、
わたしはできればそうなりたいと思いながら同じ生き方をするのは難しいと知っている。
なのに、そういう不安定な生き方を肯定する言葉にどうしても惹かれてしまって、
じゃあやっぱりこれでいいじゃん、と思ってしまう。
よくない。特に今は。
山窩に憧れる、と書かれているところで、わたしもローバーに憧れてる!
などと共感してどうなるのかというものです。
(どちらも、さすらい人という意味です。)

その話はさておき。
内容は諦めること(仏教でいう諦念)のすすめ、という感じ。
割と実践していることなのでその大部分として読む必要なかったかなぁと思いましたが、
下山の話は興味深かった。あと麦の話。
登った山は降りなきゃならないから、それをきれいに降りること。
50になったら、溜めてきた世間の灰汁を少しずつ落としながら死に向かって備える。
生きていることそれだけで膨大なエネルギー(1日1200キロくらい?)と
水(2リットルでしたっけ?)を消費するわけで、
それだけで大変なことだと感謝すること。
生きている目的なんておそらくなくて(Schopenhauerもそう言ってた)、
生まれて生きて死ぬことが人生の目的だということ。
それに付加価値を見いだそうとするから生きることに失敗して自分や他人を殺すことになる。

達観したらそう言えるかもしらん。
まだ生き始めたばかりの人間には身を持ってそれを言い切ることはできない。
50歳になったらまた読もう。
猫のパジャマ//Ray Bradbury, 中村融 訳/河出書房新社

耳ついてるんですよこの本。
装丁がとても素敵なので、本屋でお見かけした際は是非とも開いてみてください。
短編集。40年代後半と、03年頃の作品中心。

ちょっと妙な感じしたな。なにがおかしいのか判らないけど。訳の問題? まさか!
彼特有の、文体を味わわせる箇所が少なく思えた。
リズム感とか、穏やかに光を反射させて崩れる感じが。
けどストーリーで引っ張るのはさすがですよ。ねぇ。
夜をそうっと箱に閉じ込めるような。あれは。覚えている。そういう感覚。
お気に入りは「おれの敵はみんな死んだ」と、カジノの話。
姉は「用心深い男の死」がいいと言っていた。
彼女は星新一みたいな本が好きなので好きになるかもしれないと思ったけれど。
本の趣味は難しいね。
ブラッドベリがやってくる//Ray Bradbury、 小川高義 訳/晶文社

Bradburyのエッセイ集。書くことについて10のエッセイと詩。
姉妹編『ブラッドベリはどこへゆく』のどちらも在庫僅少。

12歳から作家を目指して書き続けた御仁で、90歳にしてまだまだ書いていらっしゃる。
あとがきでも言われているように、彼の書き口はとても若い。
眩しいほど弾力のある、夏の青い草を思わせる。
時代的な古さを感じても、文体に黴臭さを匂わせない。
そんな彼がどんなふうに考えて書いているのか。そういう本です。
ひとつ、とても共感できる、そして目指すべきところを引用。150ページ。作家の報酬とは
「嘘偽りのない表情を満面にあふれさせ、ファン心理で燃えるような目をして駆け寄った人が、
『今度の新作はいいですね。あれはすごい。すばらしい!』と叫んでくれる」日が来ること。
あらゆる創作家にとってそうであるように。
胸を張ってそう言う。夢を見る。だから彼が好きだ。
//Ray Bradbury/Harper

友人に「今週中に読み終わる!」と豪語した本。昨日なんとか読了とあいなりました。
『たんぽぽのお酒』の続編。『さよなら、僕の夏』が邦題だったかと。晶文社。
『たんぽぽ』と違って、完全に焦点を絞った作品になっています。わたしはこっちが好き。

一冊を通して、老人と少年という不器用なバランスを丁寧に掬い取って緻密に描く。
加齢と退屈への無謀な戦いが、生きるということを少年に(そして老人に)教える。
この、流れる静謐がたまらなく愛しい。
ブリーク氏がクォーターメイン氏に諭すところで陥落した。
第三部の2話はどちらも圧巻。
全体は南北戦争仕立てで、わくわくもあり、きゃっきゃするところもあり。
リザベルの話は謎なんだけれど、あれは読んでいてにやにやした。
どちらもわかる。ダグの行動もリザベルの行動も。まったくかわいいんだから。

対比でぜひ読みたいのが石井睦美さんの『レモン・ドロップス』。
彼女の透明感溢れる文体がまたたまらなくわたしは好きなのですが、
この本は明らかにFarewell Summerを意識している。
石井さんは間違いなく読書が好きで、著書のなかで登場人物が本を読むのです。
心憎いですね、わたしはBradburyの存在を彼女に教えてもらいました。
紹介されていたのは『10月はたそがれの国』で、それは近々読みます。やっと。

いちばんいいのは、2冊とも、10代で読めたらいい。
すごく「わかる」のです。10代半ばなら。
核心を突く。身に迫る。裏切らない。最後まで主人公は読み手自身。そういう本。
枯渇する前なら。
出入りしているスレッドでお薦めの歴史小説は、と出ていたので調べてみた。
わたしは断然藤沢周平が好きです。
英訳もあるにはあります。『竹光始末』だと思うのですが。
藤沢周平が好きな理由はあの市井です。
あかぎれさえわかるような描写力です。

司馬遼太郎は割と訳が出ていますし、『風林火山』もあります。井上靖。
風林火山は終わり方が好きです。ひとつの終わり。
大河ドラマではずいぶん脚色されて残念だったな……。
//江國香織、いわさきちひろ/講談社

助けを求めて開いた。2年ぶりくらいかしら。
浴びるように江國さんの文を読みたくなるときがたまにあって。
英語もフォークも投げ捨てて(BGMは逆凪さんで)、浸るみたいに沈みたくなって。
ああ、でも、開くんじゃなかった。
世界の見方が変わってしまったのに気づかされたから。

「せいけいをたてる」。
ごきげんなはとばでハモニカを吹いて興行で生活する。まるでアイリッシュ。
とか思っていると「がいこくご」。
「でも そうだな たとえばアイルランドのさかばで
 ぐうぜんばったりあえるかもしれない」
やられた、と思ったよわたしは。
もう逃げられない。

はやくスランプ脱出したい!
//加藤周一/講談社学術文庫51

50年代に書かれた日本人論8編。
これが50年も前に書かれたとは思えない、驚くほど現在に近い、分け入った論文です。
まさか日本は当時から現在まで進歩してないかと心配になるほどの現実が書かれている。
この鮮烈さは前半、特に「日本人とは何か」の章に顕著。
外側・内側の両面から日本という形に触れて眺めて確かめる、その不確かさを。
呆れるほどの形のなさを。

タイトルで大々的に問題提起しておきながら、その解答を提示しない。日本人とは何か。
そうやって形がないのになにかに当てはめようと必死に自分探しするのが日本なんでしょうか。
そもそもどうして自分たちが何者なのか考えてるのかしら。
合衆国人て合衆国人とは何か、って考えたりするの?
そもそも自分たちが日本人たるために、日本人はなにか努力をしているの?
(例えばフランス人はフランスの美術について説明できるそうですよ。)
その努力なしに結果だけ欲しがるだなんてお手軽ですね。

読み終わるまでに長いこと掛かりました。
わたしの怠惰のせいだけでは、決してありません。
緑の影、白い鯨//Ray Bradbury, 山本三郎 訳/筑摩書房

厚さの割にはすらすら読めます。
33歳のBradburyが、Houstonの映画『白鯨』の脚本を書くために渡愛して、
そこで起こった半年間のことを綴った自伝的小説。
舞台は1950年代のアイルランド。パブと街角、夜と昼。
緑で貧しい、そして音楽と文学と雨に恵まれた島国。
(人口に対してノーベル文学賞受賞率が大変高いことで有名です。)
住人たちの言葉遣いがとても生き生きしています。詩的で。巧いこと言う。
Bradburyの書き表し方がまた極上です。いつも通り。

アイリッシュと言うとやっぱりまだ侮蔑に取られることがありますが(実証済み)、
飲兵衛でカトリックな失敗の大天才。
巧みな言葉で事実をくるみ、現実を遠ざけながらそのすぐそばで生きている。
愛しいじゃありませんか。
アコーディオン弾きの話が心に残っています。
ワインのお葬式も。
IRAの夜も。
米映画の「ミリオンダラー・ベイビー」を併せて観ても面白いかな。
ハーバードからの贈り物//Daisy Wademan、磯島幸子 訳/ランダムハウス講談社

個々の人生の目的を明確にするための啓蒙書。
ハーバードビジネススクールの教授による講義録です。
リーダーたる人物がいかにあるべきかを説いていますが、
訳者あとがきで示されるように、読んでためになるのはリーダーに限りません。
人間として、仕事人として、読んでおく価値のある本だと思います。
これをお薦めしてくれた方は、人との繋がりを大事にする先輩でした。
社会人になる直前、それが正しい道のかと、とても不安に思っていらした。
わたしは今なら別の言葉で相談に乗れたのに。
もっと体の底から湧く言葉で。それが残念でならない。

じんと沁みるような、とんとんと胸を打つような15編で
(わたしは特に「剥製の鳥」「同窓会」「完璧を求めるな」「サラの物語」「レース」
 「自分を見失わないで」が好きです)、一気に読めます。
でも一編一編大切に読んでもいいと思う。
人間としてどう生きるべきか、そういうのを考えさせられました。わたしがどう生きたいか。
全部が未来に繋がるのなら、今していることだってきっと正しい。

半日以上の時差のあるボストンからの、そして先輩からの、まさに贈り物です。
本って本来、こうあるべきですよね。
手に取れる形として、先人の知恵を授かるための媒体。
邦題に納得しますが、原題も核心をついています。
「自分が誰だか忘れるな」。
個人的にはPaul BrandtのRiskをBGMにしていた。
//齋藤孝/祥伝社

こんな日本史の見方はどうでしょう、と提唱する8つの視点。
日本史の概要が捉えたかっただけなので読む本を間違えたなぁと思いましたが、
これはこれで面白く読めました。
日本人の本質と絡めて歴史を読み解く。視点を限らずに大局的に見る。
歴史の流れが現在にどう関わっているかを読めます。
過去に捕らわれて生きている人間らしさを知ります。
未来に繋がらない過去はない。
歴史ってこういう風に教えるものなのでしょうね。
これが起こったからここでこうなっている、という風に。
学校では単発単語形式の試験だから歴史がつまらないんですね。どうしても。
考えることって大事。因果関係を知ること。

「『鎖国』とクールジャパン」の章は大層面白く読めました。
ぎょっとしたけれども。(なによ「大量に」って、「もらった」って!)
確かに、なんだろう、海外(向け)のfanficってちょっと概ね即物的。
でもとても感覚的で美しいエーマルだかマルエーを読んだことがあるので一概には言えない。
それとも大物ジャンルは即物的に走る傾向は世界共通なのか?
最近の流れについていけない。だいぶ前から。たぶん最初から。
//水村美苗/筑摩書房

合理的で客観的。
突き放された感じが少し寂しかったけれど、事実だなぁと思う。
立場上とてもわかる。どうしてもわかる。
「開いても開いても閉じてしまう」内的指向もわかる。
英語で書かなきゃ読まれないと思えばこそ、
ブログ・Twitter・LJを英語で書くべきかとも思う。
でもそんなことしたくない。英語はわたしの言葉ではないので。
世界が英語一辺倒でもわたしは日本語で書きたいのです。
このジレンマが痛い。
6章7章で泣けた。

日本語はひとまずおいておくことにして。
英語も言語としては危機に瀕していると言わざるをえない。
『祖国とは国語』には藤原正彦氏がアメリカの大学で、学生のレポートを添削する話があります。
日本人が英語母語話者の英語を添削するのです。
自分たちの言葉すらまともに書けない大学生というのはどこにでもいるのですね。
ここには英語の弱点のひとつを見ます。
「書かれるべき書き言葉」に適さない、ということ。
『日本語は亡びない』でも示されるように、英語は書き言葉には不自然すぎる。
まず発音と綴りが著しく違う。
(ロンドンの地名など見ていただければわかるかと)
そして一般的でない単語が豊かすぎる。
(借入語が土地の状況と密すぎるので余所で通じない場合が多い)。
この2つはどちらとも、
大勢で使うと使い勝手の良いように変えられてしまう、
という弊害が起こりやすいことを示している。
話者人口が多ければいいという訳ではない。

例えば。
Wellsが『解放された世界』で、
現在より更に簡略化された英語が共通語になる未来を描きます。
あれは国という概念を一切取っ払ってしまう世界なので
現在おかれている状況とはいささか違いますが、
彼は英語という言葉の未来を憂慮している。
英語の欠点を論い、「普遍語」たらんとするときにその豊さが削げ落ちると言う。
膨大な語彙は更に増え、発音は変わり、特殊複数形は消え、文法はシンプルになる。
つまり完全な「システム」に変わる。
(今まで英語の辿った歴史が、とんでもない速度で繰り返されるということ。)
英語が育てた文学は読まれなくなり、未熟に退化された言葉で問題に対処する。
思考する手段が弱くなり、思考した結果も弱くなる。
『タイム・マシン』でも(部分的に)取り上げられる問題です。言葉の虚弱化。
英語が普遍語であろうとするときに生じる障害、
言語としての存亡、簡略化に甘んじる運命。

と。
そういう壊れていく英語に関して、憂えるような本は出ているのでしょうか?
英語の美しさなんてものがあるなら、それを守ろうという動きは?
それとも守るほどの言葉ではないの?
ウは宇宙船のウ//Ray Bradbury, 大西尹明 訳/創元SF文庫 フ-1-3

宇宙船にまつわる16の自選短編集。
訳が。気になった。部分的に。
『たんぽぽのお酒』から再録されている「タイム・マシン」と「駆けまわる夏の足音」。
前者は最後のダグのセリフ、後者はトムの設定(弟でしょうに!)
たぶん晶文社の訳が素晴らしすぎるのでしょう、なかなか訳せない。
原文見てないのですが、大西さんの訳が直訳であれば
「びりっけつは女の子だぞ」へは訳しづらいとわかる。
(でも「駆けまわる夏の足音」だなんて素敵な邦訳!)

お気に入りは「亡命した人々」「霧笛」「宇宙船」「宇宙船乗組員」
「宇宙船」は、『たんぽぽのお酒』に応用がありますね。あの話も好き。
男の子という生き物がなんとも羨ましくなる。
梅佳代さんの写真集『男子』をぱらぱら見れば、さらに羨ましい。
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HN:あず/relieur
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性別:女性
自己紹介:
歴史(独愛蘇)と旅行が好き。
好きな作家
:いしいしんじ、江國香織、梨木香歩、藤沢周平、福井晴敏、
Christian Gailly、Ray Bradbury、Edgar Allan Poe、Oscar Wilde
好きな画家
:William Turner、Jacob van Ruisdeal、いせひでこ、いわさきちひろ
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