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Great Big Seaに関する雑談、その他音楽、あるいはただの読書日記

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//水村美苗/筑摩書房

合理的で客観的。
突き放された感じが少し寂しかったけれど、事実だなぁと思う。
立場上とてもわかる。どうしてもわかる。
「開いても開いても閉じてしまう」内的指向もわかる。
英語で書かなきゃ読まれないと思えばこそ、
ブログ・Twitter・LJを英語で書くべきかとも思う。
でもそんなことしたくない。英語はわたしの言葉ではないので。
世界が英語一辺倒でもわたしは日本語で書きたいのです。
このジレンマが痛い。
6章7章で泣けた。

日本語はひとまずおいておくことにして。
英語も言語としては危機に瀕していると言わざるをえない。
『祖国とは国語』には藤原正彦氏がアメリカの大学で、学生のレポートを添削する話があります。
日本人が英語母語話者の英語を添削するのです。
自分たちの言葉すらまともに書けない大学生というのはどこにでもいるのですね。
ここには英語の弱点のひとつを見ます。
「書かれるべき書き言葉」に適さない、ということ。
『日本語は亡びない』でも示されるように、英語は書き言葉には不自然すぎる。
まず発音と綴りが著しく違う。
(ロンドンの地名など見ていただければわかるかと)
そして一般的でない単語が豊かすぎる。
(借入語が土地の状況と密すぎるので余所で通じない場合が多い)。
この2つはどちらとも、
大勢で使うと使い勝手の良いように変えられてしまう、
という弊害が起こりやすいことを示している。
話者人口が多ければいいという訳ではない。

例えば。
Wellsが『解放された世界』で、
現在より更に簡略化された英語が共通語になる未来を描きます。
あれは国という概念を一切取っ払ってしまう世界なので
現在おかれている状況とはいささか違いますが、
彼は英語という言葉の未来を憂慮している。
英語の欠点を論い、「普遍語」たらんとするときにその豊さが削げ落ちると言う。
膨大な語彙は更に増え、発音は変わり、特殊複数形は消え、文法はシンプルになる。
つまり完全な「システム」に変わる。
(今まで英語の辿った歴史が、とんでもない速度で繰り返されるということ。)
英語が育てた文学は読まれなくなり、未熟に退化された言葉で問題に対処する。
思考する手段が弱くなり、思考した結果も弱くなる。
『タイム・マシン』でも(部分的に)取り上げられる問題です。言葉の虚弱化。
英語が普遍語であろうとするときに生じる障害、
言語としての存亡、簡略化に甘んじる運命。

と。
そういう壊れていく英語に関して、憂えるような本は出ているのでしょうか?
英語の美しさなんてものがあるなら、それを守ろうという動きは?
それとも守るほどの言葉ではないの?
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