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Great Big Seaに関する雑談、その他音楽、あるいはただの読書日記

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//外山滋比古/ちくま文庫と-1-1

定番のロングセラー。
帯にコメントで
「若いときに読んでいれば」とか
「東大・京大教授が学生に読ませたい本」など、
好き勝手書いてありますが、多分学生が読んで「読んでよかった」と思うには時間が要る。
(阿部謹也『自分の中に歴史を読む』は比較的すぐに「読んでよかった」と思えるけど。)
わたしこの本買ったの2年ほど前で、1年半くらい読み差し放棄してました。
あまりにも読めない。
ある程度の学識と経験がないと読めない。
読んで自分のなかで消化も適応もできない、という意味です。
大体、東大・京大生が読んだら1章目で打ちのめされます(「グライダー」)。
そこから人間の人間たる決意というか、作り出すことの重要性というか、
そういうことに気づくための足掛けには良いかもしれません。それが目的でしょうし。
日本は確かに求められる答のための勉強が多い。
わたしは詰め込み教育が悪いとは思いません。
材料をボウルに入れない限りはなにも作れないから。
ただ、詰め込んだ後で混ぜ方を教えて欲しいと思う。
そうでなければボウルに詰めた材料は、下手な木べらに打ちのめされて飛び散るしかない。
酵母という「思考」の手を加えて、どれだけ材料から膨らませることができるか。
それはコンピューターではなくて、生きているものでなければできない。
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幸福について//Arthur Schopenhauer, 橋本文夫 訳/新潮社文庫シ6-1

読むのしんどかった。
200ページ越えた時点で漸く文体と書き方に慣れた。
なぜ……改行がされない……。
内容は人生に関する箴言。生き方の指針に、と思って。
人間は幸福のために生きる、というのは迷妄なんだそうです。
幸福の定義を行おうとわたしは思いませんが、人生は生きるためにあるのだとは納得する。
本書の中では、朗らかな人間は幸福だとされています。
そして自分の能力・才能に見合ったことをする人も。
ドイツ人はそう思う傾向が強いのかしら。
2006年のドイツ映画、「4分間のピアニスト(原題:Vier Minuten)」の述べることも同じ。
才能を発揮することこそ生きる人がするべきこと。
それが生きているということ。
それが幸福ということ。

ドイツ映画って妙にピアノが出てくる。(あれだけ音楽家を輩出するなら自然な流れ?)
「戦場のピアニスト」「ヒトラー最期の12日間」、「善き人のためのソナタ」。
もちろん出ないのもあります。「ベルンの奇跡」それから「ヒトラーの贋札」。
最近映画観てないな、ワンピのが最後だ。

今月、あと一冊読み終える予定!
//Charles Dickens, adapted by Les Martin/Random House

例のシリーズその5。
ちょっと前に映画にもなりましたね。
『大いなる遺産』でも紹介したDickensですが、恵まれた環境への憧れというか。
彼自身が叩き上げだ(というか這い上がった)から、
できるだけ幸運によって運命を動かそうとしてる風に見える。
話としては『大いなる遺産』の方がわたしは好きですねぇ。
Kippsを読んだ関係かもしれません。
しかし階級間の軋轢をほんとに書かない……。
あるいは脚色の関係で削ってるのかしら。
「死ぬ前の一回くらい、お金に因らないことをさせて」
この言葉が痛い。愛しい。
こういうことがあって、でもOliverは幸せなんですかね。
自分の幸せは彼女の覚悟の上にできているもので、
なのにみんな幸せに生きていられるのかしらね。
Dickensはなんのためにこれを書いたの?
お金が世界に物をいうことを否定してるの? お金に困らされたから?
しかし、なんて幸運なOliver。いい人たちに保護されたことだ。
心が清ければいいだなんて、著者は絶対思ってないだろ。
//柳瀬尚紀/新潮文庫や41-2

The author translated James Joyce's Finnegans Wake into Japanese.
この一文はなにを表すか、というと、
・柳瀬氏は天才である
・日本語は天才である
です。
(一度挫折してるのですが、読み直したいと思います……。)

外国語をする人の方が日本語への思い入れが強いと思うのは偏見かしら。
比較の成り立つ見地からだと、ものごとはよく見えます。
多面的に見ることで発見があります。
最近報道がよくひらがな混じりの熟語を使いますね。
我慢ならないのではやく戻していただきたい。
漢字廃止を訴える人は日本語しかやったことないんだよきっと。
あるいは想像力と美的感覚が欠如しているに違いない。

翻訳の名手である柳瀬さんの訳の方法を見ると、どうも自分の訳出が耐えられなくなる。
彼ほど真剣でないことが恥ずかしくなる。
日本語を信用していないと突きつけられているみたいに。
(英語と日本語の互換性をそれでも未だに信用できない。)
egressとingressの訳(の方法)なんてとても真似できない。
もっと信用するために底から日本語勉強しなきゃなぁ。

さぁて。
こういうものを読むとき、自分は日本人たるためになにをしているかと時々思う。
生まれることは誰にでもできるのだから、菊の家紋を持って他国に入るとき、
それが積み上げてきた経歴に傷を付けないためになにができるだろうと思う。
胸を張って自分の国を語れるようでなきゃならない。
その点で日本の歴史教育は卑屈に過ぎる。
そして国語教育が脆弱に過ぎる。
日本語はもっと真剣に使っていい言葉です。
意味を乗せて慎重に話すだけの価値がある言葉です。
声にしたら途端に崩れて消えてしまうにしても、丁重に取り扱わねばなりません。
とするとわたしは話すべきじゃないのでは。
嘘なんてとてもつけなくなる。
//Jules Verne, adapted by Judith Conaway/Random House

例のシリーズその4。
言わずと知れた海底二万海里、です。
ミステリでありSF。海洋冒険ロマンであり社会風刺的。
プロフェッサー、というのは所謂「知識人」ではないのだそうです。
専門分野に特化している人は視野が逆に狭い。
だから同じように科学者でも、教授は「博士」で、ネモ船長は「知識人」でしょう。
そして物語は教授の目から話される。一面的に。
船長は確かに誘拐犯で監禁者で好戦的だけども、とても人間的に書かれる。
人間的に、非人間的に。もしかしたらオデュッセウスなのかと思わせるような勇気で。
タコと戦うとこなんかそんな感じしませんか。巨人の洞窟のシーンみたいな。
誰でもないと言うことで誰かである逆説。
もしかしたら真実「誰でもない」かもしれません。
同時に「誰にでもなりうる」という意味で。
船長である、というのは、一国の城主であるということですから。

物語は意外な方法で収斂します。個人的にはこういう終わり方好きだな。
彼が復讐に払った対価は見合ったものだったのかしら。
「もうたくさんだ!」って叫ぶのが痛々しかった。
南極点に打ち立てた旗が黒いのは喪章なんでしょうね。
どうでしょう。アメリカへの脅威を描いているのかなぁ。
彼らの言葉ってなんだろう。
//Jean Gattegno、 小林茂訳/文庫クセジュ502

本が古い……! 1970年代。指針的な意味で取り敢えず読んだ。
SFと言ってもあれです、Wells的なSFです。未来予測的な。
宇宙の意味の分からん用語の並ぶやつではありません。
だって後者は、説明に字を使いすぎだろ……。
とにかくハクスリーとオーウェルは読まねばならん。
ウェルズはかなり読んだのでまあいいでしょう。
『白鯨』も後半分読まねばならん。
ところでアンチ・ユートピアとディストピアはどう違うのかしら。
ねじの回転//Henry James, 蕗沢忠枝 訳/新潮文庫シ5-2

なんというアメリカ文学。
主人公であるべき「私」と語り手ダグラスが存在してない。
主体がないとはどういうことだ。
でも形式的な話はどうでもよろしい。
個人的にうふふと思ったのはその語りの手法です。
ただのひとつも詳らかに書かない淫靡(といったら言い過ぎ?)な文体。
密接で内緒話のような親密で秘めた会話文といい、
知的に勇敢に才気みなぎる独白といい。
手に取るようにわかる、というの?
説明されすぎないからその話に加えてもらえてる気になる。
「わたし」の名前も知らないというのに。
「わたし」の語りは何度もまるで異常に至りながら、
文章の端々に溢れる機知で彼女の正常を知る。
感情の起伏は女性としてはとても滑らかだと思います。信頼できる。
24章に区切られたその話が、黎明に始まり夜明けに終わるようなすっきりした構成をみせる。
最後、なんだかモーツァルトの「魔王」を彷彿とさせますね。
実際とても音楽的な小説でした。読みやすいし。
クイントの肉体を殺したのは少年なのではあるまいか、というのがわたしの結論。
彼はなにしろ探されたけれど会っていない。
良質な幻想ミステリ。
ゴシック小説とよぶのを憚るほど、これは鮮烈です。
椿姫//Alexandre Dumas fils 新庄嘉章 訳/新潮文庫テ1-1

Tennessee Williamsの『欲望という名の電車』、Coletteの『シェリ』も併せてどうぞ。
前者のおかげでわたしのニューオーリンズのイメージはとても野蛮なのですが、
素というか純粋というか、甘さのない自然の噛みごたえを思う。
ブランチがフランス語で言うんですね、「私は椿姫、あなたはアルマン」。
これをフランス語で言う痛々しさ。
わかって欲しいけど知られたくないという狡さ。
救って欲しいけど過去を帳消しにはできない事実。
やり場がなくて押しつぶされそうで、絞り出したフランス語。
ミッチがわからないのを悲しみながら安心してる。
大天使に、許しを乞う代わりに誑かそうとするなんてとんでもない女だなぁ、ブランチ。
「贖罪のない赦免(p.143)」など有り得ないのに。
救いのなさがとてもアメリカ的な戯曲でした。

前置きが冗長に過ぎましたが本題、『椿姫』。
オペラになるくらいなのでとっても美しい話なのは間違いないのだけど、
きらびやかで華やかな表面に隠れて、底に流れる情熱があります。
情熱以外のところではカトリシズムもあります。
Coletteの影響もあってフランスの娼婦は個人的に高級なイメージが定着してて、
しかも2作は共通して愛する方法がとても母親的なんですね。
最終的に相手を守るための愛し方をする。自分は娼婦という負い目があるから。
これは青年に母親がいないことが関係してるのかなぁと思わないでもない。
切ない、悲しい、愛しい、美しい、お話でした。
妹についてはまあ言及しないことにして。
それのあることが写実的たらしめていると言えましょうか。
幸福とはなんぞや。
他人の犠牲で成り立つそれは、そうと知らない間にしか存在しないのに。
//Charles Dickens, adapted by Monica Kulling/RANDOM HOUSE

邦題は『大いなる遺産』。Kippsと似た感じ、と言っていいのかどうか。
筋は実際同じです。
恋をして徒弟になってお金が入ってきてそれを失って、初恋の相手と結ばれる。
Dickensは人間描写に力点を置く作家(だそう)なのですが、これじゃちょっとわからん。
代わりにKulling女史の癖はなんとなく掴めたかなぁ。
時間の経過を未来を前提にして書く傾向がある気がする。
あと会話重視ですね。子供向けだから当たり前か。
Pipが牢獄を訪ねるのが好き。最期の会話がいい。切ない。

DickensとWellsは似たような生い立ちなのですが作品の力点がまるで違って面白い。
それでどちらも、完全に成功した人間を書かないところがとてもいい。
ふたりとも芸術作家というよりは大衆作家だったけれど、これが売れたってことは、
これは正しく19世紀ロンドンだったんだろうなぁ。
//石黒マリーローズ/講談社現代新書1545


仏教やら神道に関するこういう本をまるで読んだことないからなんとも言えないけど、
それも含めてみんな神さま好きですねぇ。
聖書を使った比喩表現とその使用例を、解説を軽く交えつつ。
英語での言い方をもっと書いてくれたらよかったなぁ。

知識用に読みましたけど、これぐらいの初歩なら聖典読んだ方がいいかも。
右頬を打たれたら左頬を差し出せに関して、どこかで、
アイルランド人はイングランド人に対して左頬の貸しがある、というのを読んだ気がする。
Wildeだっけ? 長いこと探してるのに見つからない……。
//Victor Hugo, adapted by Monica Kulling/Random House

引き続きお子様向けダイジェスト本。
邦題は『ああ無情』『惨めな人たち』、最近は普通に『レ・ミゼラブル』。つまらん。
これ真実こんな話ですか? 脚色でなく?
HugoはNotre Dame de Parisを読んだので、そのイメージで読んでた。
(これの、建築に関する彼の意見が好き。)
音読練習兼ねてたのだけど、13章入るちょっと前から声が震えた。
Jeanが善良すぎる。Javertが忠実すぎる。だからこの2人の運命が悲しい。
翻訳ちゃんと読もうかなぁ。
あんな長い話をたかだか100ページぐらいに縮小したあらすじなんてなぁ。
しかしJeanは罪作りだ。2人も殺した。彼自身とJavertと。
あるいはあの司祭が罪作りなのか知らん。
善良であることは人の運命を変える。変わらない人もいるけど。
子どものお金を奪うシーンが、だからすごく人間ぽい。
それで最後の、銀の燭台の描写がいいですね。原作もこんななんですかね。
学者と反逆者、19世紀アイルランド//Terry Eagleton/大橋洋一 梶原克教 訳/松柏社

アイルランド史に興味があると言ったら准教授が貸してくださった。
半分以上なに言ってるのか解らなかったので、
訳者解説2つと5章の「青年アイルランド派その他」だけまともに読んだ。
気になった言葉はメモするようにしているのだけど、
メモできる程度にまで頭がついていかなかったのでひとつだけThomas Davisの言葉を。
「英語はケルト人が話すには堕落した言語であるだけでなく『不自然』な言語であった」。
時代が時代ですからねぇ。
今はもう北米在住のアイルランド系がそういう音楽をいっぱい作ってますが
(Young Dubliners、Dropkick Murphysなど)、
Gaelic StormのPatはちょいちょいアイルランド語で書いたりしてますよね。
(不思議なのはFiddlers Greenも英語で歌っている事実。)
というか英語は母語話者でない人にとっては限りなく不自然な言語ですが。

関係あるところでは、5章でアイルランド音楽の採集についても触れています。
アイルランド文学及び音楽は一般的に口承でした(書いたら言葉が死ぬと思ってたのでは)。
そこで、19世紀に「書かれていない」民族音楽の採集を行ったGeorge Pitrie。
彼を評する言葉として
「洗練された知性および忠誠心とアイルランド人の希望および共感とを調和させるという、この時代の大きな難題を片付けるのに随分貢献した」。(p.288)
丸ごと引用で失礼します。
たった一曲歌うだけでそれを達成し得る、民族音楽という力。
国歌を歌うことすら躊躇う国には決して有り得ない統一感だろうと思います。
日本語は日本でしか使われないので、これが死ぬ、あるいは敷衍しない限りにおいて、
日本という民族について日本人全体が考える日は来ないんでしょうね。
//RomanMyth/Geraldine McCaughrean,Tony Ross

子供向けのローマ神話本。
タイトルが焚書だったので読んでみただけ。
同時収録であひるの話が入っているのだけど、こちらは読んでない。

焚書というのはいつの時代もそうだけど、書かれている内容を危険思想とみなして
それを読まれないためにすることなんですね。
始皇帝もナチも、『華氏451』でも。
書物は読まれる前提で書かれ、政治政策に合わないという理由で権力者が焼く。
ここでは、その焚書の意味は半分正しくない。
読まれるために書いたのに焼くのは書き手本人で、目的は権力者を追放すること。
そして、焼いてしまうことで書物そのものの価値を高めています。
めだかと一緒ですね。
数が少なくなると有り難みが出てくるわけです。
なにしろ有り難いので。
これは『華氏451』の解説でも書かれていましたが、
大量出版時代で書物が溢れかえるようなご時世、
これも読むべき本を見失うという点では焚書に通ずるのではないかしら。
JoyceがFinnegans Wakeで述べるように、Gutenbergは本の価値を殺した。
//Random House
SteppingStonesのシリーズ。
子ども向けプロジェクトの一環として出ている本だそうで。
いかにもアメリカ的な挿絵と英語(笑)
実際とても平易な英語です。読み易い。
これぐらいなら黙読より音読がいいだろうな。

こういう、なんですか、伝承というの?
RobinHoodの話を読むのは初めてだったのですよ。
英語圏の人間なら誰でも知ってるようなヒーローなのね。
差を感じる。明らかな溝みたいなのを。
どれだけ勉強してもそういうふうに染みこんでいるだろう
文化の差を埋めることはできないし、
わたしの日本語志向主義が英語を習得することを邪魔する。
なにしろわたしは日本語が使えなくなることがなにより怖い。
オーストラリアから帰ってきたときの恐怖を未だに覚えてる。
英語で話せないのを悔しがるのに、日本語で話せないのを怖がる。
//H.G.Wells/Penguin CLASSICS

英国の岩波、ペンギンの古典作品シリーズ。
WellsはSFが好き。冴えてる。とても科学的だし、なんというかな、余分な設定がない。
ちなみに本書は所謂普通小説で、ある人間の半生を描いたもの。
Tono Bangeyよりこっちのが好き。救いがある。あと面白い。

中流階級出身の主人公Kippsが莫大な遺産を相続して、
仲間入りした上流階級の中で悪戦苦闘して
階級どっちつかずですったもんだの末に、という、波乱に溢れるストーリー。
最初はまるで面白くない。最初っていうか半分くらい。
後半うっかり感動した。
KippsがAnnに、half-sixpenceを開いた手のひらに2つ見せる場面が好き。
この後の2人の会話のなんて愛しいこと!
Annが健気で。愛しくてかわいかった。
あと個人的には最後のシーンがとても好きです。
KippsがAnnとボートに乗るシーン。
あれは神さまのボートだと思う。運命の舟、という意味。
揺られ続けた半生を持って、本屋に腰を下ろす。

英語がちょっと古いのと、ひたすら訛るので読みにくい。特に最初は。
あらゆるhが落ちて、時々語尾のtを発音しない。仏語のやり方ですね。
そういう新鮮味が売りなんだそうですが。

とりあえず読み終えた達成感。
知らない単語殆ど調べずに通したけど、とにかく読めた。
これで感想と粗筋書いておしまい。
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歴史(独愛蘇)と旅行が好き。
好きな作家
:いしいしんじ、江國香織、梨木香歩、藤沢周平、福井晴敏、
Christian Gailly、Ray Bradbury、Edgar Allan Poe、Oscar Wilde
好きな画家
:William Turner、Jacob van Ruisdeal、いせひでこ、いわさきちひろ
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