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Great Big Seaに関する雑談、その他音楽、あるいはただの読書日記

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『海底二万里』//Jules Verne, 江口清 訳//集英社文庫 ウ7ー1


2月8日がVerneのお誕生日でして、本棚から引っ張りだしました。
子ども向けのを英語で読んだだけだったので、しっかり読むのは初めてです。
しかし南極に旗を立てるのと「たくさんだ!」と叫ぶのはとても印象深かったわけです。
「全知全能なる神よ、」がつくのですね、この、「たくさんだ!」には。
神に挑戦するためのノーチラスを造って、虐げられる人の運命を救おうとする。
運命に翻弄される悲しい人間の姿です。

作中、幾度か「価値が高く絶滅が危惧される」動物が出てきます。
これに対してアロナクス教授は憐憫・同情を示さず博士らしい「採集欲」をみせる。
ネモ船長は無駄な殺生は好まないけれど殺して食べることに特に抵抗をしない。
現代の我々から見るとそれはひどく非情なことであり、罰せられるような行為です。
当時の動物への認識はそうであったのか。
それともここで誇張されて書かれているのか。
博物学がこの頃ブームでしたね。採集する人々が増えたことへの皮肉かもしれません。

個人的に気になったのはフランス語の使い方。
ネモ船長が最初、英仏独羅に対してすべてわからない、と示す。
すべての言語の壁をなくした彼は、船内ではまるで新しい言葉を話します。
これは、統一言語を既成の言葉から選び取ることの危険性、
誰かにとって有利不利があるような状況への否定、
ひいては英語の国際語使用への警告と見て取れると思います。(飛躍しすぎ?)
宗主国が配下の土地の言語を押し付けるというのは一番手っ取り早い支配です。
「最後の授業」でも行われていますね。
『解放された世界』では英語による統一が行われました。
可哀想に英語は結果として言語としてひどい状態に追いやられましたが。
(極度のクレオール化及び単語の肥大。)
さて、ネッドが英語を話すのに対してコンセイユはドイツ語を話します。
これは台頭し始めたドイツへの牽制を込めていると思われますが、どちらもゲルマン語。
一方でアロナクスの話すのはフランス語・ラテン語という往年の国際言語。
海の話であればドイツ語がでしゃばるよりもスペイン語が話される方が自然なはずです。
ベルギー生まれならピレネー山脈付近の出身にしてスペイン語話者設定もできたはずでは?
あるいは、「分類する人」であることに重点を置いたためにドイツ語話者設定になったのか。
頭の固い旧大陸と実際主義の新大陸、という対立項になるのでしょう。


比べて読みたいのはぜひ『白鯨』です。
狂った船長と世界一周。あなたはどちらを選ぶ?
わたしはあんなに綺麗な海の描写を現実で見られるのならエイハブを選びます。
しかし海底もとても興味があるので、途中で抜け出してノーチラス号に飛び乗りたい。
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