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Great Big Seaに関する雑談、その他音楽、あるいはただの読書日記

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//吉田健一/岩波文庫青194-3

表紙がね! ワッツの「希望」なんですね!
この絵をTate Britainで見たときにこれはアイルランドだ、って思った。
目隠しして弦の切れたハープに耳を澄ます女性が、エリンだと思った。
鋭い痛みを伴う、まさに希望だと思います。
それと、この本と前の本両方に、
文字を書くとは存在の主張だ、みたいなニュアンスのことが書かれてて、
だったら自分どれだけ自己主張強いんだと思わされた。
絵を描いたとしても署名がされてなかったらそれは「自己の存在」は認識されませんからねぇ。

本の内容は、しっかりしてることと言ったらない。
固い、堅い、硬い。とにかく。
近代英国作家の、近代との関わり方、その作品と作者との関係、近代性。
うまく言えない。多分あまり上手く読めてない。
近代は贅肉的な時代だったと思います。余剰と飽和。締まりのなさ、広がり。
そこに「言葉」が存在するにはどういう形をとるのか、「芸術」としてどう表現されるのか。
書くことが存在の在りかなら、それを書き手はどういう意図で書いていて、
何を伝えたくて何を読者と作りたかったのか。
いやもしかしたら、徹底して自分を外から隔絶したかったのかもしれないと思う。
拡散でありながらしばりつける、という点で。
外から引きはがして確かめた自己を見たかったのかもしれないとか。
あぁもうレビューでも感想でもなくなってら。
ほんとに全然理解して読んでなかったんだろうなぁ。
書き手との教養の差が激しくてとてもついていけなかった。

気になったのが解説に紹介されていたことがら。
「翻訳とは、いかなる学問的見地から見ても不可能な作業である」
うん、まあね、それはそうでしょうよ。
一個の言葉の持つ意味を訳そうと思ったら全部の意味を洗い出さなきゃならなくなって、
そこにはロラン・バルトの言うようなノイズなんかが生じているわけで、
だったらそれはとても訳にならなくて、
だからこそ翻訳で読むのではなくて原書で読まなきゃ意味はないのですよ。
それが学問的である限り(学問的である限りでご容赦くださいな)。
しかし日本人は翻訳ものが好きですね、とはドイツ語の教授のお言葉です。
米独日は出版大国だと思っているのだけど、日本の翻訳ものの多さは異常なようです。
じゃあみんな原書で読むんか! と驚いたけれど、別にそういうわけではないらしい。
ううんなんだかもったいないなそれは。日本人でよかった(翻訳の質も上がってるし!)

翻訳に関してはもうひとつ個人的な考えとして。
夏目漱石のI love you.
あれは、その状況を一緒に過ごしたこととして、
感情を絡めて情緒を共有するひとつの手段としての言葉だと思うのですが、
だとしたら翻訳は限りなくI love you. だと思う。
作品への、読者への、作者への。
限りなく一方的でとても情熱的な。


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